『草木も眠る猫三時』
啓介のスマホが震えたのは深夜、彼女だった女になじられる悪夢がちょうど佳境を迎えた頃だった
画面を見ると着信は恭子からだ。2時22分。
「…………助かった…」
現実と夢の区別もつかないほどに、2時22分という数字に気をとめることもないほどに寝ぼけた頭で電話を取る。
「もしもし。ん、いや。起きてたよ。どうしたの?
…あれ、待って寝ぼけてた。ねぇ今日どこか出かけてた?家に行ったけどいなくて。電話も出ないし。
え?いや寝てないって。大丈夫だから。大丈夫だよ、うん。
そっちは?大丈夫なの?」
恭子は眠れないと電話をかけてくる。言われた曲をゆっくり歌ってやると満足して電話を切るのだが、今日はどうもそういうわけではなさそうだ。
電話越しの声はいつもの甘えた声ではなく、ひどく怯えているような、しかしそれでいて落ち着いているような、満ち満ちたグラスのようにゆらゆらと不安を誘う声だった。
『殺しちゃった』
「…なに?よく聞こえなかった。」
『啓介。私、殺しちゃった』
眠気が飛んで、血の気は引いた。
「待って、なん、どういうこと。恭子。無事なの?どこにいるの。今から行くよ。」
『ううん。いいの。家にいるから、安心して。』
恭子の声は沸騰した頭に滴って、いくぶん温度を下げたようだった。
「家か。とりあえず向かうね。」
やるべきことはわかった。とにかく恭子の家に行かなくちゃいけない。
『ううん。いいの。死んでる、ちゃんと死んでるから。』
「…なにを――」
冷たい声が降る。
『だから、私の所には来なくていいから、あの人の所にも行かないで。』
熱を奪われた思考は粘度を増した。
『私ももう、あの人と会うことはないから。あなたも。』
思考に溺れているのか、それとも思考が溺れているのか。もうわからない。とにかく、とにかく今は
嘘だと言ってくれ。
「嘘だよね?」
『死んだら会えないのは当たり前でしょ。自然の摂理。だから殺したんだよね。不可抗力だよ。』
静かな言葉の奔流は啓介を飲み込んで砂に変わった。
『どうして今さら驚くの。悪いのは啓介くんだよ。』
何が起こっているんだ。
こんなの夢だろ、だって…
『啓介くんは最低だよね』
だって
『浮気だなんて』
俺は恭子を、恭子だけを
『その上』
絶対に恭子を
『殺すなんて』
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三題噺
「不可抗力」「悪夢」「電話越しの声」
三題噺ったー! より