すーぎののリフィル

ちょっと長めに考えて置いておくところ。

おまけが本編(?)

 

今年も私は何一つ変わらなかった。

 

               〜完〜

 

 

で終わらせるのは簡単なので(ていうか去年の自分を覚えていないから比べようがないというだけなんだけれど)なんしか変わったであろうところの話でもしましょうかね。

 

えーっと、

(実際いつからかはよくわからないんだけど、)自分脚短いな…って思うことが増えました。すぅごい増えた。

4月から職場(売場)が変わって同僚が変わったんですが、一人背が高くて手足がすぅごい細長い女子がいて、ことあるごとに見とれてたりしてたんですが(セクハラ発言)、見とれた分自分の脚の短さだったり指の短さだったり体の太さだったりを意識してしまってぎぇーってなったりしてました。でも見ちゃうんだよな…。なんなら自分の脚が短いからなおさら見ちゃいますよね黙りますね。

 

思えば昔から背の順は一番前で、加藤優志(仮名)という背の順の後ろの方の人にチビとか小動物とか言われて馬鹿にされたり喧嘩をしたりしてましたが、それはどちらかというと言葉から悪意を感じていただけであって背が低いこと自体を気にしたり気に病んだりしていたわけではなかったです。(それはそれとして加藤は死ね。)

 

昔またたびくん(仮名)という人が背の低い人のルサンチマンをネタにしたbotをフォローしていて、一時期私もフォローしてたのですがいまいち共感しきれなかったのを思い出しました。

 

背が高いイケメンを見てかっこいいなぁと思うことはあっても、自分もそうなりたいとか自分も背が高かったらとか自分も脚がもう数センチ長かったらとかは全然考えてなかったっていうか、どこか別の存在として認識していて自分と照らし合わせていなかったというか、とにかくなんかコンプレックスとして認識してなかったんですよね。

 

それがどうしたことでしょう手足が長くて洋服が好きなその人と一緒に仕事したり洋服の話をしたり見とれたりしてるうちに、洋服を買って姿見を買って組み合わせを考えてその中で高めの頻度で脚短けぇ……ってなってるんですよ。うけますね。うけはしない。

調べてみたところ今から牛乳を飲んでも背は伸びないらしいので絶望しています。いつだって気づいたときには遅いんです。脚だけでも伸びてくれんか。

(でもその人もその人で結構コンプレックスを抱えつつそれと付き合って乗り越えてやってきたらしいので、かっこいいなって思います。すーぎのもがんばりましょう)

 

あと何が変わったかな…

人と遊ぶようになった…かな?

ある人にお前は人との距離が遠すぎる!って言われて、その時はえ〜そうかな〜とか思ってたんですけど、まぁその時よりは人との距離が近くなったようななってないような気がします。

人に気軽にクソリプを送ったりごく稀にラインを交換したり比較的頑張って遊びに誘ったり誘われたりしました。(子どもか)

近づきすぎたり近づけなかったり近づいたはずが全然だったり逆パターンもたくさんあるような気がしますがなんていうか人間関係ってむずかしいですね(笑)

 

今(ここを書いてる時点)金曜の22時だから全然考えが深まらない!!!!

中身がない!!

 

いやでもこの二つが最初に思い浮かんだのは偶然ではなくって、自分の内面だの外面だの人付き合いだのにほぼほぼ無頓着に生きてきたので、そういうものに目を向けて変化を感じるのは大事なんじゃないかなー大事だったらいいなーと思うなどしているわけです。

 

関係ないんですけど最近5年ダイアリーなる本を見かけてちょっといいなーって思ったんですよ。

12月27日のページが5つに区切ってあって、その年のその日が5年分書けるようになってる日記なんですけど(伝われ)。

そういう、過去と今を繋げて、連綿とした自己を自覚して見つめるという生き方が具現化した本を見かけたわけです。

私は飽きたり忙しかったりしてしばらく間があいてしまうとすぐいやになってもういいやーってなっちゃうので、たぶんできないんですけど、そういう生き方が実在することを知ったのです。

 

2019年は別段仕事で躍進したり生活がガラッと変わったり一人暮らししたり結婚したりそういうのはなかったですが、まぁ内面がなんかこう、じりっと変われたかな…?ということにしましょう。

 

こんな感じです。来年もなにとぞよろしくお願いします。

よいお年を。

 

「2019年」お題箱より。

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あ、あとはぴょしに出会ったわ今年。