『づっちーは鼻がいい』
「お邪魔しまーす」
「はーい…ってか、づっちーもマメだよねぇ…毎回」
「だって毎回緊張してるから…」
「未だに!?」
翔子はそう言うけど、彼女が一人で住んでる家に上がるのに慣れろという方が無理な話だよ。まだ4回目だぞ。ん、5回目かな…?あーほらこの人ん家に特有の、自分の家じゃない匂いが落ち着かないんだ。木と洗剤と女子の生活の匂いが混ざったような匂い……女子の部屋で洗剤の匂いかぐとなんか罪悪感あるよね。踏み込んじゃいけないところに踏み込んでる感じがするっていうかさ。
などと考えが散らかっている僕をよそに翔子はさっさとカバンをそのへんに置いてエアコンをつけている。
僕はそのカバンをとって自分のカバンと一緒にテレビの脇に置く。
「サンキュー。あ、お客さん、今日はコーヒーがおすすめだよ」
「んぉ、じゃあそれで」
「今日はチョコがあるんだ。ちょっと聞いてよこのチョコさ!お母さんが"プラネタリウムが入ってる"とか言ってくれたんだけどさ!」
「…うん」
…読めちゃったよ。
「せっかく部屋暗くして食べたのになんか普通のチョコだったんだよ!電気つけてかじって見たら夜空どころか土じゃん中身!これがほんとの天地の差か!と思ったね!」
「…お、おう……」
予想を超えてきやがった。
…あー………。
…………幸せだなー………。
もう付き合って半年になるが全然色褪せない。いつ見ても半端なくかわいいし話していても飽きることがない。何をしていても途轍もなくかわいいしいつ来ても緊張する。
「…違うんだよ!今日は秘密兵器があるから!」
「何が!? え、秘密兵器?プラネタリウムのチケットとか??」
「なんでやねん!!」
もし持ってたらそれは未来予知だ。
「いや違うんだよ。毎回翔子ん家くると緊張しちゃうからさ。その対策をね」
「キモ」
「帰ります」
「うそうそうそ!何!」
「いやいやいや、今日はもう遅いし…」
「そっか…じゃあね……」
「ごめんなさい!聞いて!」
茶 番 乙 。
「お香を持ってきたんですよ。僕の部屋で使ってるのと同じやつ」
「同じ匂いってこと?」
「そう。和風の落ち着くやつだよ」
「ふーん…」
「ん?」
「マーキング的な…?」
「え」
「ふーん…」
「いやその」
「また来るからなって?」
「あの」
待ってくれ違うんだそんなつもりじゃなかったんだ僕はただ……ただ……
「し、翔子にも似合うと思って……」
「…………」
「…………」
「ここはづっちーの名に免じて使ってあげるか…」
「……あ、ありがとうございます……」
何を言っているのかよくわからないが使ってくれるみたいだ。
「実を言うと、最初はお線香みたいで苦手だったんだよね〜づっちーの部屋の匂い」
「死にます」
「ちょ待てよ。でも最近は慣れてきて、自分の香水も白檀のを買おうかと思ってたんだ」
「死にます」
「なんで!?」
「いい意味で……尊死(とうとし)…」
「そっか…じゃあね……」
「殺すな!」
…あー………。
…………幸せだなー………。
「あ、お香焚こ!」
「成仏させる気!?」
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三題噺、「チョコレート」「プラネタリウム」「香水」https://shindanmaker.com/148000
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nez(ネ)=フランス語で「鼻」「優れた調香師」
(綴りはnezだが読みは「ネ」
翔子は根津(づっちーの設定上の本名)にひっかけているつもりだが知識が中途半端でうまいこと言えていないという設定。
なおづっちーはnezを普通に知らない。)