『人の気持ちが分かる人』
独り言が聞こえる。
どこか焦ったような、それでいて誰かに言い聞かせるような芝居がかった声だ。
一緒に聞こえるのは、ざばざばという水の音と、ときおりカチャンという金属の音。
「よし、よし。よし。落ちた」
ぱん、と。手を軽く叩き合わせる音がする。誰も聞いていないというのに、何がそんなに楽しいのだろうか。
「お待たせ。びっくりした。お姉さん細くて美人だけど…あんなの初めてだった。今朝何食べたの?トマトジュース?だめだよちゃんと食べなくちゃ。美容に悪いよ」
扉を開けるなりうるさいな。そんなことお前に関係ないじゃないか。
…私にももう関係ないことか。もう死んでいるのだから。しかしこいつは、殺した相手に話しかけるし、あまつさえ食生活のアドバイスをするなんて、やっぱり頭がどこかおかしいんだな。かわいそうに。
私?私もついさっきまではそれこそ狂ったように泣いて目の前の男とどこぞの神にありったけの暴言を喚き散らしていたけど…。喉を切られてからは声の代わりに血ばかりが出ていって、言葉も感情も全部流れていってしまったみたいだ。なにも見えないし、なんの匂いもしない。ただ感情の残骸がゆるゆると漂っているだけ。あの、手が冷たくなっていくのに合わせて怒りも憎しみも恐怖も思考も全部流れ出して冷たく暗く溶けていくあの感覚、もう二度と味わいたくないな。神よ聞き届けたまえ。さんざん罵られた後に祈られて神も迷惑かもしれないが…とはいえ、毎日捧げていた祈りだって聞いてなかったことがわかってしまったのだし、謝る義理もないだろう。今さら何を言ったって神にとってはすべて些細なことなのかもしれない。ファック、神。
「んっ…はっはは……ふぅぅぅ………………これが、僕の血…」
え?
本当にやっているのか。
この小さな殺人鬼は、自分が人と同じかわからなくなったときにたまらなく怖くなるのだという。誰を見ても違う顔、違う形、違う声。それなのに、どうして笑っているのかどうして怒っているのか、言葉にしなくても通じる人々が不思議で仕方なくなったときに、違う体―大人の女性―の体内に同じものがあることを確認して安心するのだという。それを聞いたときは心底知ったことじゃないと思ったし、巻き込まれた自分の運命と神を呪った。ぶっ殺してやるとかお前の血は絶対に赤じゃないとかお前も同じ苦しみの中で死ねとか色々と言ったけど、結局意味なんてなかった。私は喉から赤い血を出して、手首と腹からは黒い血を出して死んだ。こいつは洗ったばかりの腕にナイフを当てて、血管にも届かないような細い傷を作って血がにじむのを見て満足するだろう。なんちゃらの儀式はそれで終わり。こいつは私の気持ちをずっと分からないまま、気持ちの分からない人々に囲まれて生きていくのだろう。
独り言が聞こえる。
「僕の血は、黒。そうだろう?ほらやっぱり同じだったじゃないか。お姉さんだって、途中まで、だって」
どこか焦ったような、それでいて誰かに言い聞かせるような芝居がかった声だ。
「途中まで…でも、なんで」
「あ」
声がして。
一緒に聞こえたのは、ざばざばという水のような音と、カチャンという金属音。
そうだよ。
人の血は、
赤いんだ。
私の気持ち、わかった?
「ごめ
三題噺
「届かない」「狂う」「許しを請う」
https://shindanmaker.com/264399
伝えたいこと書けてる気が全然しない。
でも説明するのも寒いしやめとこう。
※さすがに言葉足らずすぎたので2020/4/8ラストちょっと変えました。